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紀伊路:百舌鳥~和泉府中①(仁徳天皇陵~大鳥大社)

■日時/天候:2010年6月3日/曇り

■アクセス:JR阪和線から徒歩3分
 
■同行者:無し

■トイレ:駅・寺社・お店など多数あるが,住宅街を歩く時間も長いので
 一応注意しておいた方が無難。

■飲食店・ショップ:今までよりは探しにくいが,
 見当たらなくて困るほどではない。

■歩行距離/所要時間:約19.2キロ/約5時間(携帯アプリによる実測)

■使用地図:『熊野古道を歩く旅 (エコ旅ニッポン)
      「歴史街道ウォーキングマップ

◆感 想:がぜん住宅街,工場地域を歩くことが多くなる。
     古道関係の史跡も多くなく,道も迷いやすいので,
     古道踏破が目的でなければあまり楽しめないかも…

  *―*―*―*―*―*―*―*

この日はJR阪和線の百舌鳥駅から出発。

まずは仁徳天皇陵まで歩きます。
仁徳天皇陵正面

こちらが仁徳天皇陵の正面です。
こんもりとした緑の山にしか見えませんよね。

仁徳天皇陵は特に熊野古道とは関係ないんですが,
見たことがなければ一見の価値はあります。
何しろ日本最大のお墓,本当にスケールが大きいです。
5世紀なんて頃にこんな技術があったのかと感心します。

さて,仁徳天皇陵と大仙公園の間の道をまっずぐ西方向へ。

仁徳天皇陵を越えたところで,道は熊野古道に合流します。

この道をそのまままっすぐ歩くと,
またしてもぶち当たるのがあべの筋(府道30号線)。

AOKIやらコジマやらTUTAYAやらの看板が見える,
いかにも,な雰囲気の幹線道路を越え,さらに歩くと
見えてくるのが第二阪和国道の高架です。

その下をくぐると,目の前にお堀が。
堀川

この辺りは旧市街地にあたるようで,
お寺などの名所史跡がたくさんあります。
ゆっくり歴史探訪をするなら,いろいろめぐってみるのも面白いですよ。

お堀沿いにまっすぐ歩いて,山之口橋に到着です。
山之口橋

山之口橋は,近くにこんな案内板があったり
山之口橋たもとの説明板

橋にこんな絵があったり
山之口橋たもとの絵

すごく歴史を意識していて,面白いです。

熊野街道はここから南西に進むのですが,
私は北東側の街中に入って,南宋寺に立ち寄ってきました。

こちらは茶道の千家と関わりが深ったり,
実は大阪夏の陣で死亡したとされる徳川家康のお墓があったり,
有名な枯山水のお庭があったりと,
いろいろと由緒のあるお寺なのですが,
私のお目当ては仏殿の天井に描かれた「八方睨みの龍」の絵。
熊野古道とは無関係なんですが(笑)
なんとなく好きなんです,龍の天井画。

有名なお寺だけあって,他にも数名の観光客がおられ,
ガイドさんのお話を聞いていらっしゃいました。
私も最初は一緒に聞いていましたが,
あまり時間がなかったので,途中でみなさんから離れて,
見たいところだけさっと見て回りました。

お目当ての天井画のある仏殿は薄暗く,
八方睨みの龍はズシンとくる迫力でした。

お寺で予想以上に時間を使ってしまったので,
やや急いで歩きます。

山口之橋まで戻って,いよいよ熊野街道に入ります。

住宅街の中のなんてことない道です。

しばらく歩くと道端にぽつんと。
熊野街道石柱

「熊野街道」の石柱です。
これまでとはまた少し違うデザインですね。
説明書き入りの石柱

こういう細かい説明が刻まれたものもあります。

後ろのゴミが何とも残念ですね^^;
地元の人にとっては,ただの「ゴミ置き場の目印」なのかも。

第二阪和道路の高架の下の道路を,歩道橋を渡って通り抜けます。
周囲は会社や倉庫が多くなってきました。
これも熊野街道

道端に佇む石柱。
道端の石柱

工場前や駐車場の前,マンションの前など,
いろんなところにぽつんと姿が見られます。

順調に住宅街(工場地域?)を歩き,
大きなパチンコ屋さんの裏を過ぎると大きな道路(府道34号線)
との交差点に出ます。

府道を越えて道なりにまっすぐ歩くと,
また第二阪和道路の高架が見えてきますが,
ここでは高架下をくぐらず,高架下の道を高架に沿って歩きます。

すると,やがて石津神社が見えてきます。
石津神社を過ぎて,石津神社前の交差点をさらに真っ直ぐ。
住宅街の細い道に入っていきます。
(下図の赤い矢印参照)
石津神社周辺


そのまま歩くと石津川が見えてきます。
川にかかる戎橋を渡ってさらにまっすぐ進みます。
戎橋

さらに歩くと,「神石市之町」という大きな交差点に出ます。

ここが迷いポイントなんですが,
まず大きな道路を渡って真っ直ぐ進みます。
その先で道が三叉路に分かれているので,
「馬場記念病院」という大きな病院を目印に,
一番右の,病院前の細い道を進みます。
(下図の白い矢印参照)
馬場記念病院付近

ちなみに三叉路の手前にはこんな道標が。
(一応矢印があるんですけどね…ちょっとわかりづらかろー…
道標


その向こうに馬場記念病院があります。
馬場記念病院


そのまま歩くとやがて見えてくるおなじみの石柱。
石柱現る

やっぱりこれが見えるとほっとします

ちなみにこの道は熊野街道ではあるのですが,
この辺りでは「小栗街道」という名の方が馴染み深いようです。

「小栗」とは「小栗判官」のこと。
伝説上の人物ですが,やはり熊野にゆかりが深いです。

すご~く簡単にこの伝説を解説すると…

京都に生まれた美丈夫の小栗判官,
京都でトラブルを起こし常陸の国に流されましたが,
そこで出会った美貌の照手姫と契りを結んでしまい,
姫の親に顰蹙を買って,なんと殺されてしまいます。

地獄に落ちた小栗判官,閻魔大王の御沙汰を経て,
地上に戻ることができたものの,
異形の姿となり病も抱え,歩くことすらできません。

幸い,とあるお寺の上人の手によって地車に乗せられ,
熊野まで運ばれます。

一方親の怒りを買った照手姫,なんと売り飛ばされて
遊女宿で下働きの下女をしておりました。

そこへ偶然小栗の乗った地車が通り,
小栗とは知らぬままに照手姫は地車を途中まで引くことになります。
小栗の地車を引くことは,功徳になると言われていたからです。

やがて小栗の地車は熊野本宮近くの湯の峰まで到達。
その地の温泉の壺湯で体を癒し,
四十九日目にしてようやく元の身体を取り戻します。

のちに小栗は京へ戻り,照手姫とも再会が叶い,
幸せに暮らしましたとさ。



…大体こんな伝説です(だいぶ端折ってますが)。

この時,地車に乗った小栗が通ったと言われている道が小栗街道です。

今でも地名として生きているのですよ。
鳳小栗街道の標識

さて,ひたすら歩いて,大鳥大社まで到着。

和泉国一宮だけあって,大きな神社さまでした。
なぜだか一切写真を撮っていないのですが^^;
大きな木造りの鳥居が特徴的でした。

あまり時間がなかったけど,
どうしてもお参りしていきたくなったので,
さっとお参りして来ました。

こちらは本殿も大鳥造という独特の造りなのだそうです。

ちなみに,大鳥大社内にはお手洗いがありますが,
 広いんですがいわゆる汲み取り式で男女共用…
 暗いし,ちょっと使うのを躊躇してしまいました
 もう少し先に,徒歩10分ほどでJR鳳駅もあり,
 女性にはそちらの方が安心して使えるかも。
 駅のお手洗いは改札内なので,
 改札でお願いして通してもらわないといけませんが…

ゆっくり見て回りたかったけど,
あまり時間がなかったので,さっと回って終了。


改めて街道歩きに出発です!


(②に続く)

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プロフィール

咲月

Author:咲月
京都在住アラフォー女性。
2009年より熊野古道に興味を持ち,ただいまコツコツ距離を伸ばしているところ。
旅が好き。歩くのも好き。
風水メインのブログもやってます(リンクは下に)

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