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紀伊路:和泉府中~泉佐野①(和泉府中~半田一里塚)

■日時/天候:2010年6月14日/曇り

■アクセス:JR和泉府中駅より

■同行者:夫

■トイレ:駅・コンビニ・スーパーがそこここにあるので,困ることはほとんどありません。

■飲食店・ショップ:大きな道路沿いに歩くので,随所に有。お弁当を広げるなら久米田池畔がおすすめ。

■歩行距離/所要時間:約16キロ/約6時間(書籍・地図より推定)

■参考地図:『熊野古道を歩く旅 (エコ旅ニッポン)
      「歴史街道ウォーキングマップ

◆感 想:このルートは現存する王子跡も少なく,ちょっと残念。
     交通量の多い道を歩くことも多いので,注意が必要。
道も結構入り組んでいて,迷います。
     疲れやすいので,気持ち的にもゆとりをもって。

  *―*―*―*―*―*―*―*

久々に夫と二人で熊野古道を歩きました。

なんとこの日はデジカメの充電を忘れ
和泉府中駅に着いた途端,充電不切れを起こすという,
不測の(←単に不注意)事態に見舞われ,写真がほとんど撮れず

携帯のカメラで少し撮りましたが,携帯は充電切れが早いので,
いつも使っている携帯アプリの使用を控えたため,
歩行ルートの記録や歩行距離・時間も曖昧です。

王子跡だけは何とか写真に収めましたが,ちょっと寂しい内容となってしまいました^^;


さて。

和泉府中駅をお昼ちょっと前に出発。
まずは泉井上神社を目指しました。

「和泉」の国名の発祥ともなったという泉のある神社。
和泉国総社ということで,出発前にご挨拶し,旅の安全を祈願します。

そして熊野街道まで行き,前回の終盤に見たこの道標に再会。
泉井上神社近くの二つの道標

ここから古道歩きをスタートさせました。

街道をまっすぐ南西方向へ歩きます。

少し歩くと大きな道路(国道480号線)との交差点が。
国道を越えてもしばらく細い道が続きますが,
300mほどで少し大きな道(府道30号線)と合流します。

合流した道をそのまま歩くと,信号の手前にお寺っぽい建物が。
その前に井ノ口王子跡の石碑があります。
110614_1201~01

そのまままっすぐ歩いて大きな橋を渡り,
「和気」の交差点の三叉路が見えてきたら,ちょっと思案どころ。

このまま真っ直ぐ歩いてもよいのですが,
この近くに「小栗橋」という橋があるのです。
山と渓谷社の『熊野古道を歩く旅』には「白く美しい」とあり,
ちょっと見てみたい気持ちになっていました。

ただ,この行き方が,ちょっとわかりずらい

熊野古道を歩く旅 (エコ旅ニッポン)』では,
「松尾川の手前を右折し白く美しい小栗橋を渡る」と説明文にはありますが,
地図では小栗橋を通るルートは示されていません。

また,大阪府の「歴史街道ウォーキングマップ」では,
和気の交差点で一番右手の道を選んで,
目印に従って歩けば分かるように書いてありますが,
ここからだと意外に距離があり,地図にあるように一本道でもありません。

多少はわかりやすいかと地図作ってみました。
(サムネイルだと小さいので,クリックで拡大して下さい)
小栗橋への道のり

シンプルなのは『熊野古道を歩く旅』の
「松尾川の手前を右折する」(地図上茶色の矢印)ですが,
和気から松尾川まで結構距離があり,
しかもいくつか小さな川を越えるので,
うっかり手前の川で曲がってしまうと住宅街の中で迷うことになります。

単調な道路を歩くのはつまらない…という方には
「歴史街道ウォーキングマップ」のルート(地図上ピンクの矢印)がおススメ。
和気の交差点を右に行き,コンビニ(デイリーストア)の手前の道を左折。
広い駐車場とデイリーストアの駐車場に挟まれた細い道です。
「ほんとにこれ?」と不安になります^^;
そのまま進むと,学校のような建物(実際は会社)と住宅の間の
細い道を歩くことになります。(また不安になります^^;)

迷いつつ道なりに真っ直ぐ歩くと,小さな橋が見えてきます。
一瞬「これ?」と思うのですが,残念ながら違います。
でもこの川べりは公園というか遊歩道のようになっています。
緑もたっぷり,ベンチもあるし,お天気が良ければ気持ち良さそうです。

橋を渡った突き当りを右折。
この道を,地図上のピンクの矢印のように道なりに歩くと,
やがて松尾川に突き当たります。
突き当たったら右折すると,白い瀟洒な小栗橋はすぐです。

思ったより小さかったですが,華奢で綺麗な橋でした。
110614_1228~02

そしてそのタイルには,こんな遊び心も。
小栗橋上のタイル
(小さくてすみません。クリックし拡大して見て下さい)

熊野街道の始点,八軒家浜から始まり,
篠田王子,平松王子,井ノ口王子ときて,
いきなり熊野三山に至るという^^;

こんな説明書きもありました。
小栗橋の説明書き

さて,橋を渡って,小田公園を左に見ながら歩くと,
毎日牛乳の大きな牛乳瓶の乗った建物が見えます。
小田公園を左,毎日牛乳を右に見ながら道なりに歩き,
またまた府道30号線に出ます。

ここからはしばらく府道30号線を歩きます。
右手には広い毎日牛乳の敷地が続き,
電信柱にも毎日牛乳の看板がもれなくついていて,
さながら「毎日牛乳街道」です。

さて,私たちのように久米田池に立ち寄ろうと思う方は
「大町」の交差点に注意してください。
そこから左折して街中に入っていきます。
1キロくらいあるのですが,住宅街を歩くのでちょっと迷うかも?

寄り道ルートなので詳細は省略します。

でも,久米田池は大阪最大のため池だけあって広く,
周囲は整備されていて,ベンチやトイレもあるし,
いい感じですよ。

和泉府中~泉佐野間は交通量の多い道路沿いを歩く時間が長いので,
こういうアクセントを入れるのもいいかもしれません。

さて,久米田池で休憩をとり,再び府道30号線に戻ります。

延々府道30号線を歩き,次の注目ポイントは
上松町南の交差点のファミリーマート。

この周辺には和泉式部ゆかりの史跡,
「恋の淵」「恋ざめの淵」「歌碑」が点在しているのです。

このうち,「恋の淵」と「歌碑」は見つけたのですが…
残念ながらどこをどう行ったものか,忘れてしまいました
和泉式部ゆかりの

ただ,言っちゃあなんですが,かなり水が淀んでいて,
ちょっと不気味な雰囲気が…^^;
「恋の淵」からイメージするロマンチックさはかけらも…

さて,その先の「作才町」の交差点のすぐ先で道が二股に分かれるので,
ここは左の細い道を選び,しばし府道を離れます。

普通の住宅街の中の細い道です。
ず~っと道なりにまっすぐ歩いて,初めての信号(多分)を右折。
(「歴史街道ウォーキングマップ」だと突き当りに見えますが,
道はここから先にも続いています)
その先の府道30号線との交差点(「土生」)を左折し,府道30号線に戻ります。

ここからはまた,府道30号線をしばらく歩くことになります。
路肩にしっかり歩道があるので,歩きやすいですが,
熊野街道っぽい面白さはナイです

土生の交差点から1キロくらい歩いたあたりで,
かつて浅字川王子があったと思われるところに建つ,
三和製作所が見えてきます。
残念ながら付近にその遺構と思われるものはありません。

その少し先,「堂ノ池」の交差点を左折。

するとすぐに池(堂ノ池)が見えてくるので,
池の横の道に(池を左手にみながら)入っていきます。
そのまま,池を左手に見ながら池沿いを歩きます。

池の端を過ぎてもその道を真っ直ぐ歩くと,
ほどなく左手に「半田一里塚」が見えてきます。

小さな土塁にこんもりとした緑。
一里塚って,こんな風に土を盛って高くしてたんですね。
半田一里塚

住宅街にひっそりと守られている歴史の遺構です。
街道が生きて賑わっていたことが感じられますね。

さて,ウォーキングはまだ続きますが,長くなるので一度このへんで。

(②へ続く)
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紀伊路:百舌鳥~和泉府中②(大鳥大社~和泉府中)

(2010年6月3日の記録)

大鳥大社を後にして,再び街道を進みます。

神社の前の歩道にはこんな埋め込みが。
大鳥大社前歩道の埋め込み

ところどころ,思い思いに
熊野街道をアピールしている感じです。

そのまま歩くと,やがて鳳駅前の商店街へ。
鳳商店街

ちなみにJR鳳駅はすぐですので,
お手洗いなどをお借りするにも良いと思います。
この先は住宅街を歩くことが多くなるので,
ちょうどいいポイントかもしれません。

この商店街を通り抜けると,その先は住宅街です。
その住宅街も抜けると大きな通りに突き当たります。
これがまたしても府道30号線(あべの筋)です。

府道30号線に行き当たったら,信号を渡り,
右折して府道30号線を歩きます。
府道30号線再び

久々の広い道は不安になります^^;

そのまま府道30号線を歩くとやがて「富木」という交差点が。

「富木」の次の信号で道が二股に分かれています。
右手に畳屋さんがあるので,それを目印に。
目印の畳屋さん

この道は左側を選びます(矢印の方向に)。
分岐点

気持ち的には素直にまっすぐ行きたくなっちゃうんですよね(笑)
なんだか無理やり曲がってる感じだし,
道も新しそうで,違和感があります。
でも左に行く道で間違いなし。

畑が広がる中を進んでいくと,
左手にクリーンセンターの大きな建物が見えてきます。

その道をずっと進んでいくと,
少し先に高架の道路(堺泉北有料道路)が見えてきて,
その少し手前で道が二股に分かれています。
ここは右側の細い道,住宅街に入る道を選びます。
クリーンセンター付近 

ここも,注意深く見ていないと見落としそうです。
実際私は見落として,ちょっと先まで行きました

目印は,二股に分かれた先端に三角形の空き地があること。

ちなみに歴史街道ウォーキングマップでは,
この二股の先端に「駐車場」があると書かれていますが,
この駐車場が今では空き地になっているんだと思います。
この時はかなりの草ぼうぼうな緑地帯でした^^;

こういう場所は,いつどういう変化があるかわかりませんね。
今頃は家が建っているかもしれませんし…
地図情報を鵜呑みにせず,複数の条件(地形・道筋・周囲の目印)で
道を探していくのがポイントだと思います。

分岐の写真は撮り忘れたのですが
分岐後の道はこんな住宅街の中です。
少し街道風情が残る

遠くに見える高架が堺泉北有料道路です。
ひさびさにちょっと街道らしい風情の道でした。

有料道路の下道の交差点には,この道標もありました。
道標

ちなみにこの道標は道路の反対側にもあります。

ここからしばらく住宅街をまっすぐに。
昔からの住宅街の風情です。
少し上り坂になっています。
北信太付近の住宅街

街の名前はわかりませんが,
JR北信太駅付近の住宅街だと思います。
しばらくはこんな住宅街が続きます。
この先石柱は見ませんでしたが,
変わって先程の看板風の道標が時々置かれています。

私が歩いたのはもう夕方4時過ぎで,
ちょうど子供たちが元気に学校から帰宅するところでした。
楽しそうに走る子供たちにちょっと元気もらいました^^

さて,堺泉北有料道路を越えて700~800mくらいで,
少し広めの道路と交差します。
この左手には信太小学校があるのですが,
ここを過ぎたら要注意です。

300~400m歩くと,また少し大きな道と交差します。
左手を見ると,道路に大きな鳥居が。
聖神社の鳥居

これはこの大きな道路の先の聖神社の一の鳥居です。

この先,一筋南の細い通りを左に入ったところに
篠田(信太)王子跡があります。
この筋の角のおうちの塀の下の方に,
小さな道案内があるので,お見逃しなく。
篠田王子跡目印

少し坂を上がって右に曲がると,いよいよ篠田王子跡に到着。
篠田王子跡

ちょっと奥まったところにありますが,
街道からの距離はすぐなのでわかりやすいです。

再び熊野街道に戻って,さらに南に歩きます。

ここらへんからちょーっとわかりにくくなっています。

次の目印は八坂神社。
篠田王子跡から500mくらいかな?
信号の角にあります。
八坂神社周辺

そして八坂神社を越えて次の信号。ここが要注意!

信号は5つ辻になっています。

まっすぐ進む道が一番太く,
交差する道はそれよりやや狭く,右に曲がると
「小栗の湯」という和泉市営の銭湯があります。
大雑把に方角をとって,今歩いてきた方向を北,真っ直ぐ先を南,
交差した道が東西を走っているとすると,
南東方向に斜めに進むやや細い道があり,これが熊野街道です。
細い上り坂で,住宅街を入っていきます。

「小栗の湯」付近
ピンクの矢印の道を行きます。
小さな紫の四角のあるあたりに下の写真の標識があります。
植え込みの道標

何しろ一番細い道を選ぶので,不安になります^^;

私はばっちりここを見落として,大分先まで行きました
『熊野古道を歩く旅 (エコ旅ニッポン)』の地図では
「米穀店を斜めに入る」とあるのですが,
この米穀店がわからなかった
南北の道をまっすぐ進んでも,すぐに米穀店があるので混乱します。
 
北西角に「Shoes&Bag なかつじ」というお店があるので,それも目印です。

さあ,この道を真っ直ぐ,上り坂を登ります。
信号から100mほどのところで道が二股に分かれますが,
ここは左の道を進みます。

この辺りは団地街で,団地と普通の住宅が混在しています。

二股から200mほど歩くと,左手に公園が見えてきます。
これが放光池一号公園。
結構大きな公園です。お弁当なんか食べるのにもいいかも。
休日だと子供でいっぱいかもしれませんが…

この公園の南側に少し広い道と交差する信号があるのですが,
この信号の手前,北西角に平松王子跡があります。
平松王子跡

この王子は10番目の王子。ついに2ケタ突入です

公園は,この交差点を挟んで,さらに南に広がっています。

平松王子跡を確認してから,公園で一息。
公園で元気に遊ぶ,小学校低学年くらいの子供たちを見ながら,
持参していたおにぎりで遅い遅~い昼食です
あまり時間がないので,食べたらすぐ出発。

平松王子跡のある信号は公園沿いに真っ直ぐ進めばよいのですが,
どうも「歴史街道ウォーキングマップ」は
このポイントが非常にわかりにくい
マップ上では5差路になっているのですが,4差路です。
正確に言うともう1つ道はあるにはあるのですが,
住宅街に降りていく階段になっていて,
普通あれを道だとは認識しないと思うので…

また,「交番」があると書かれているのですが,
みつけられませんでした。
これはなくなっているのかもしれません。

信号を越え,さらに公園沿いに歩きます。
道幅が狭いので,公園の中を歩いたほうが安全です。

公園の切れ目で,また信号があります。
「伯太町4丁目」の交差点です。
交差する道は府道38号線,結構広いです。
ここは来た道をまっすぐ進めばOKです。
放光池周辺
(クリックで拡大します)

急に道が狭くなるので,
ちょっと不安になるかもしれません。
住宅街でこれといった目印もないのですが,
真っ直ぐ歩いていれば大丈夫。

私は不安になったので,
とある住宅の庭におられた女性に道をお聞きしましたが…
(丁寧に教えてくださって,助かりました)
間違いなく小栗街道,と教えて頂きました。

このまま道なりにまっすぐ歩きます。
道の狭さの割に,案外車が多いので,要注意。

先程の信号から500m位のところにまた信号があります。
そしてその南東角には,広々とした自衛隊の信太山駐屯地があります。

この信号を越えてすぐに,また道が二股に分かれるのですが,
ここは右手の道を選びます。
右の道の方がちょっと狭いので心配になりますが,大丈夫。
(そういえば先程の女性は,「ひたすら細い方の道を選んで…」
とおっしゃっておられました。まさに)

ちなみに左の道は,ずっと駐屯所に沿って上って行きます。

この二股のところに,小栗街道と記した古い石柱があります。
小栗海道を示す石柱

少し歩くと左手に伯太小学校が。
さらに歩くと右側には伯太高校が。
(高校は道に面していませんが,
標示があるのと,建物が見えるので雰囲気でわかると思います)

しばらくは住宅街の細い道を歩きます。
ところどころ,由緒ありげな
古い建物が残っていたりします。
焦らずに歩けば歴史を感じながら散策できるポイントです。

目印を覚えていなくて申し訳ないのですが,
高校から500mくらいのところの左手に,
熊野街道の標識と,小栗街道の石標が
並んで立っているポイントがあります。
泉井上神社近くの二つの道標

そこから少し(100mくらい?)歩くと右手に泉井上神社の鳥居が見えます。

さらに次の四つ辻まで歩いて,
この日の街道歩きはここで終了。

私はここから西に向かい,JR和泉府中の駅から帰途につきました。

 *おわり*

紀伊路:百舌鳥~和泉府中①(仁徳天皇陵~大鳥大社)

■日時/天候:2010年6月3日/曇り

■アクセス:JR阪和線から徒歩3分
 
■同行者:無し

■トイレ:駅・寺社・お店など多数あるが,住宅街を歩く時間も長いので
 一応注意しておいた方が無難。

■飲食店・ショップ:今までよりは探しにくいが,
 見当たらなくて困るほどではない。

■歩行距離/所要時間:約19.2キロ/約5時間(携帯アプリによる実測)

■使用地図:『熊野古道を歩く旅 (エコ旅ニッポン)
      「歴史街道ウォーキングマップ

◆感 想:がぜん住宅街,工場地域を歩くことが多くなる。
     古道関係の史跡も多くなく,道も迷いやすいので,
     古道踏破が目的でなければあまり楽しめないかも…

  *―*―*―*―*―*―*―*

この日はJR阪和線の百舌鳥駅から出発。

まずは仁徳天皇陵まで歩きます。
仁徳天皇陵正面

こちらが仁徳天皇陵の正面です。
こんもりとした緑の山にしか見えませんよね。

仁徳天皇陵は特に熊野古道とは関係ないんですが,
見たことがなければ一見の価値はあります。
何しろ日本最大のお墓,本当にスケールが大きいです。
5世紀なんて頃にこんな技術があったのかと感心します。

さて,仁徳天皇陵と大仙公園の間の道をまっずぐ西方向へ。

仁徳天皇陵を越えたところで,道は熊野古道に合流します。

この道をそのまままっすぐ歩くと,
またしてもぶち当たるのがあべの筋(府道30号線)。

AOKIやらコジマやらTUTAYAやらの看板が見える,
いかにも,な雰囲気の幹線道路を越え,さらに歩くと
見えてくるのが第二阪和国道の高架です。

その下をくぐると,目の前にお堀が。
堀川

この辺りは旧市街地にあたるようで,
お寺などの名所史跡がたくさんあります。
ゆっくり歴史探訪をするなら,いろいろめぐってみるのも面白いですよ。

お堀沿いにまっすぐ歩いて,山之口橋に到着です。
山之口橋

山之口橋は,近くにこんな案内板があったり
山之口橋たもとの説明板

橋にこんな絵があったり
山之口橋たもとの絵

すごく歴史を意識していて,面白いです。

熊野街道はここから南西に進むのですが,
私は北東側の街中に入って,南宋寺に立ち寄ってきました。

こちらは茶道の千家と関わりが深ったり,
実は大阪夏の陣で死亡したとされる徳川家康のお墓があったり,
有名な枯山水のお庭があったりと,
いろいろと由緒のあるお寺なのですが,
私のお目当ては仏殿の天井に描かれた「八方睨みの龍」の絵。
熊野古道とは無関係なんですが(笑)
なんとなく好きなんです,龍の天井画。

有名なお寺だけあって,他にも数名の観光客がおられ,
ガイドさんのお話を聞いていらっしゃいました。
私も最初は一緒に聞いていましたが,
あまり時間がなかったので,途中でみなさんから離れて,
見たいところだけさっと見て回りました。

お目当ての天井画のある仏殿は薄暗く,
八方睨みの龍はズシンとくる迫力でした。

お寺で予想以上に時間を使ってしまったので,
やや急いで歩きます。

山口之橋まで戻って,いよいよ熊野街道に入ります。

住宅街の中のなんてことない道です。

しばらく歩くと道端にぽつんと。
熊野街道石柱

「熊野街道」の石柱です。
これまでとはまた少し違うデザインですね。
説明書き入りの石柱

こういう細かい説明が刻まれたものもあります。

後ろのゴミが何とも残念ですね^^;
地元の人にとっては,ただの「ゴミ置き場の目印」なのかも。

第二阪和道路の高架の下の道路を,歩道橋を渡って通り抜けます。
周囲は会社や倉庫が多くなってきました。
これも熊野街道

道端に佇む石柱。
道端の石柱

工場前や駐車場の前,マンションの前など,
いろんなところにぽつんと姿が見られます。

順調に住宅街(工場地域?)を歩き,
大きなパチンコ屋さんの裏を過ぎると大きな道路(府道34号線)
との交差点に出ます。

府道を越えて道なりにまっすぐ歩くと,
また第二阪和道路の高架が見えてきますが,
ここでは高架下をくぐらず,高架下の道を高架に沿って歩きます。

すると,やがて石津神社が見えてきます。
石津神社を過ぎて,石津神社前の交差点をさらに真っ直ぐ。
住宅街の細い道に入っていきます。
(下図の赤い矢印参照)
石津神社周辺


そのまま歩くと石津川が見えてきます。
川にかかる戎橋を渡ってさらにまっすぐ進みます。
戎橋

さらに歩くと,「神石市之町」という大きな交差点に出ます。

ここが迷いポイントなんですが,
まず大きな道路を渡って真っ直ぐ進みます。
その先で道が三叉路に分かれているので,
「馬場記念病院」という大きな病院を目印に,
一番右の,病院前の細い道を進みます。
(下図の白い矢印参照)
馬場記念病院付近

ちなみに三叉路の手前にはこんな道標が。
(一応矢印があるんですけどね…ちょっとわかりづらかろー…
道標


その向こうに馬場記念病院があります。
馬場記念病院


そのまま歩くとやがて見えてくるおなじみの石柱。
石柱現る

やっぱりこれが見えるとほっとします

ちなみにこの道は熊野街道ではあるのですが,
この辺りでは「小栗街道」という名の方が馴染み深いようです。

「小栗」とは「小栗判官」のこと。
伝説上の人物ですが,やはり熊野にゆかりが深いです。

すご~く簡単にこの伝説を解説すると…

京都に生まれた美丈夫の小栗判官,
京都でトラブルを起こし常陸の国に流されましたが,
そこで出会った美貌の照手姫と契りを結んでしまい,
姫の親に顰蹙を買って,なんと殺されてしまいます。

地獄に落ちた小栗判官,閻魔大王の御沙汰を経て,
地上に戻ることができたものの,
異形の姿となり病も抱え,歩くことすらできません。

幸い,とあるお寺の上人の手によって地車に乗せられ,
熊野まで運ばれます。

一方親の怒りを買った照手姫,なんと売り飛ばされて
遊女宿で下働きの下女をしておりました。

そこへ偶然小栗の乗った地車が通り,
小栗とは知らぬままに照手姫は地車を途中まで引くことになります。
小栗の地車を引くことは,功徳になると言われていたからです。

やがて小栗の地車は熊野本宮近くの湯の峰まで到達。
その地の温泉の壺湯で体を癒し,
四十九日目にしてようやく元の身体を取り戻します。

のちに小栗は京へ戻り,照手姫とも再会が叶い,
幸せに暮らしましたとさ。



…大体こんな伝説です(だいぶ端折ってますが)。

この時,地車に乗った小栗が通ったと言われている道が小栗街道です。

今でも地名として生きているのですよ。
鳳小栗街道の標識

さて,ひたすら歩いて,大鳥大社まで到着。

和泉国一宮だけあって,大きな神社さまでした。
なぜだか一切写真を撮っていないのですが^^;
大きな木造りの鳥居が特徴的でした。

あまり時間がなかったけど,
どうしてもお参りしていきたくなったので,
さっとお参りして来ました。

こちらは本殿も大鳥造という独特の造りなのだそうです。

ちなみに,大鳥大社内にはお手洗いがありますが,
 広いんですがいわゆる汲み取り式で男女共用…
 暗いし,ちょっと使うのを躊躇してしまいました
 もう少し先に,徒歩10分ほどでJR鳳駅もあり,
 女性にはそちらの方が安心して使えるかも。
 駅のお手洗いは改札内なので,
 改札でお願いして通してもらわないといけませんが…

ゆっくり見て回りたかったけど,
あまり時間がなかったので,さっと回って終了。


改めて街道歩きに出発です!


(②に続く)

紀伊路:住吉大社~百舌鳥

■日時/天候:2010年5月14日/晴

■アクセス
 南海電車 南海本線「住吉大社」駅から徒歩3分
        南海高野線「住吉東」駅から徒歩5分
 阪堺電気軌道 阪堺線(路面電車)「住吉鳥居前」駅すぐ
 
■同行者:なし

■トイレ:駅・コンビニ・寺社など多数有

■飲食店・ショップ :多数有。心配無用。

■歩行距離/所要時間:約12.6キロ/約3時間半(携帯アプリによる実測)

■使用地図:『熊野古道を歩く旅 (エコ旅ニッポン)
      『熊野古道を歩く 全33コース (歩く旅シリーズ)

◆感 想:前回に引き続き延々街歩き。
     古道ゆかりの史跡が多く見られ,
     熊野古道歩きをしている実感があります。
     前回同様スニーカーがおススメ。夏は暑さに注意,も同様。

  *―*―*―*―*―*―*―*

2回目の大阪府内熊野古道歩きは,
前回の終点・住吉大社からスタートです。

住吉大社


歩き始める前に,まず住吉大社にお参りしました

何か行事のある日だったらしく,
結構な人出で賑わっていました。

住吉大社は御祓いの神様として有名ですが,
航海の神様でもあるのだそうです。
昔は,この辺りはもっと海に近かったのでしょうね。
遣唐使の派遣の際に安全祈願をしていたそうですから
本当に古い歴史がありますね。

熊野行幸御一行様も,こちらに立ち寄ったそうです。

海を渡る予定はないですが,
私も今後の熊野詣の安全を祈って旅行安全のお守りを頂きました。


さて,熊野街道を歩くには,この住吉大社を突っ切って
奥の「楠珺社」を通り抜け,裏門から出ます。

するとすぐに見えてくるのが「住乃江味噌 池田屋本舗」さんの
とても趣のある古い建物。時代劇に出てきそう。
建物自体が国の有形文化財だそうです!
住吉大社参拝の際には必見です。

こちらで道を教えて頂いたのですが,
お店の方も大変親切で,素敵なところでした^^

意気揚々と熊野街道を歩き始めると,
さっそく見えてくるのがおなじみの石柱。

石柱


八軒家浜から10キロとあります。
ですが,実際に歩くと,道を外れるところもあるし,
迷ったり,見学したりもするので,
実際には14~5㌔にはなっているかと思います。

この辺りには,道路にこんな埋め込みもあります。

路面の案内図


街道自体はいたって普通の住宅街です。

ですがそんな中にも歴史匂いがちらほら。

これは,街道沿いの墨江小学校の庭に建てられている,
「津守廃寺」の説明板。

津守廃寺の説明板


そしてここは第六の王子・津守王子跡とも言われています。

この道をまっすぐ歩けば順調に熊野街道を進めるわけですが,
気になるところがあったので少しだけ寄り道しました。

あべの筋との交差点を左に曲がり,
南海電車の線路を越えて少し歩くと,
左手に神社が見えてきます。

ここは止止呂支比売命(とどろきひめのみこと)神社
(簡単な漢字なのに一字一字変換しないと出ないという…)

止止呂支比売命神社


こちらには,先程の墨江小学校にあった津守王子が合祀されています。

また,この境内内には後鳥羽天皇が行宮を立てた跡が残されています。

ここで,「後鳥羽天皇って誰だっけ?」「行宮って何?」
という人向けに,簡単な日本史講座

後鳥羽天皇は,1180年生まれ,1239年没の,
源平合戦真っ只中というややこし~い時期に天皇になった人。
しかも天皇即位は1183年,つまり3歳の時だから,
本人に政治的野心とかあったはずもなく,
ややこしい時代の,ややこしいお家事情の中で立てられた天皇です。
1198年,18歳にして天皇を引退(譲位)。
その後は上皇として23年にわたり権力を握ります。
最終的には1221年に承久の乱を起こし討幕を図るも失敗,
隠岐の島に流されそこで生涯を終えました。
そして「行宮」というのは,
何らかの事情で天皇が一時的に宮を置いた場所です。


なんでいつになく日本史の説明をするかというと,
この後鳥羽天皇(上皇)というお方,
非常に熊野詣がお好きだった方で,
なんと上皇在位中に28回も熊野に参詣しているのです。

このうちの1回,1201年の熊野参詣に随行したのが,
『新古今和歌集』の編纂で有名な藤原定家(1162~1241年)。
彼はこの時のことを『明月記』や『御幸記』に
かなり詳しく記しており,
それが当時の熊野詣の貴重な資料になっている

…みたいです。

早い話が,熊野詣と後鳥羽上皇って,
切っても切れないイメージなのです

さて,この止止呂支比売命神社は,
街中にぽつんと切り取られたようなスペースにあります。
正面(大雑把に東)はあべの筋に面し,
裏側(西)は南海電車の線路に面し,
北側は細い道路で区切られ,南側は住宅街。

鳥居も立派で敷地内にはいくつものお社が配されていますが,
社務所も閉まっていて,がらんとした印象。
地元の方とおぼしき人が,ぽつりぽつりとお参りしておられました。

寂しいような,穏やかなような,不思議な空気。
緑がきれいで,きらきらしてて,
何だか気持ちがよくて,ぼんやり座っていたい気分に。

とはいえ,あまりのんびりする時間もないので,
再び街道歩きに戻ります。

あべの筋を戻って熊野街道を南下,
遠里小野(おりおの)小学校を越えると川に突き当たります。

大和川


この川は大和川。

堤防を右折し,遠里小野橋(写真中央の橋)で左折し,
さらに南を目指します。
ちなみにこの遠里小野橋は,先程寄り道したあべの筋。
車の多いあべの筋を少し歩いて,左折します。
手元の地図がわかりにくく,どこで左折したらいいか
わからなかったので,適当に(笑)

住宅街というより工場・会社の多い土地でした。
すぐに南海高野線の線路が見えます。
線路沿いに右折し,そのまま南下。

少し歩くと住宅が多くなってきて,
やがて浅香山駅が見えてきます。
浅香山駅を越えてすぐの道を左折し踏切を越えます。

踏切を越えるとすぐに道が4つに分かれます。

まっすぐ直進の道。
踏切を背にして左手の,北に延びる道。

右手(南側)には,線路沿いの細い道と
線路沿いの道と直進の道の間の,少し広い道

目的の道はこの少し広い道です。

浅香山駅周辺



上の地図の黄色い矢印が歩行コースです。

その道をまっすぐ歩くと,大きな病院(浅香山病院)があります。
そして駅から15~20分くらいのところに大阪刑務所が見えてきます。
刑務所の標示はさすがに見当たりませんでしたが,
高い壁と広い敷地が見えてくるのでわかります。
この手前の信号を右折します。

右折した道をまっすぐ歩くと,四つ辻の南西角に
小さな公園が見えてきます。
これが王子ヶ飢公園のようです。

その公園の向かい,四つ辻の南東角に
「境王子跡」があります。

境王子跡


まだ新しい,立派な石碑です。
この石碑は熊野本宮大社のある本宮町から寄贈されたものと
説明書きがありました。

その四つ辻を左折(境王子跡に向かってだと右に進む)し,
再び南下。しばらくは静かな住宅街を歩きます。

この辺りはのどかな住宅街でした。
昔からあったような家と,最近建てたような家が混在する,
昔からの住宅地,という感じです。

なぜかふいに,「こんなところに住むのもいいなあ…」
と思ってしまった,和やかな住宅街でした。

さて,まっすぐ歩くと大きな道路に突き当ります。
その道路を越えた向こう側には森が見えます。

その森が,「方違(ほうちがい)神社」でした。

方違神社


この地は摂津の国・和泉の国・河内の国の3つ国の境にあたり,
「方角のない地」とされ,
こちらにお参りすることで方位の厄を払えると言われる,
方違え,方災除けで有名な神社さまです。

ひっきりなしに人や車が出入りしていました。

この方違神社を通り抜けることもできるし,
神社横の道から行くこともできますが,
私は前々から一度来てみたかったところなので,
お参りも兼ねて中を通らせていただきました。

この方違神社の南には,反正天皇陵と言われる古墳があります。

反正天皇陵を右手に見ながら
方違神社の裏門から出て,古墳沿いに歩きました。

この辺りはちょっと道が細くてわかりづらいです。
堺市には「てくてくロード」というエリアがあり,
タイルが敷かれた歩道が整備されています。

てくてくロード


この辺りも「てくてくロード」に入っているので,
歩きやすくて楽しい道ではあるのですが,
どこを通れば一番熊野街道らしい道なのか
(というのは,この辺りは街道ルートが特定されていないもよう)
地図を見てもわかりづらいのです。

地図によるとひたすらまっすぐ歩く感じなのですが,
実際にはまっすぐは歩けなかったりとか^^;

で。

この辺りをうろうろしているとき,
同じようにバックパックで地図をもってうろうろしている
60~70歳くらいの,ロマンスグレーのおじさまを見かけました。

私と同じように地図を見ながらうろうろしているおじさま,
私に道を聞いてこられました。

しかし私も同じストレンジャー,
残念なお返事しかできません^^;

おじさまも「やっぱりな~」というようなお顔です。
それもそのはず,私たちが持っていた地図が,
どうも同じ本からコピーしたもののようなのです。

めげずにおじさまは地元の人と思しき方に聞いており,
私はそばで聞き耳を立てていました(笑)

地図に書いてある史跡は向泉寺の「閼伽井跡」なのですが,
かなりマイナーなものらしく,
地元の方も「わからない」とおっしゃいます。

仕方ないから「方向さえ合っていれば大丈夫だろう」と
おじさまは歩き始めました。
私は少しだけ地元の野良猫と遊んでから,歩きました。

足の速いおじさまでしたが,
あっちこっちで人に聞きながら歩いているので,
やがて追いつきました。

そばでちゃっかり一緒に道を聞いている私は,
どう見ても連れだったでしょうね~(笑)

そして結局しばらく一緒に歩くことになりました。
だって方向も目的地も同じですからね^^

おじさまはやはり私と同じく熊野古道徒歩制覇を目指す方で,
なんと朝一の新幹線で横浜からこの日に大阪に到着したのだとか。

そして,私が前回歩いた天満橋から歩き始め,
1日で住吉を越え,堺市まで歩いてこられたそうです。
健脚家さんです!

しかもこの後,熊野本宮大社まで歩く予定だとか

すごいです!先達さんです!!

大体2週間くらいの予定で考えておられるそうで,
このまま和歌山に入り,田辺で奥様と合流し,
中辺路を歩いて本宮を目指すそうです。

梅雨入りしないうちに完歩を目指しておられましたが,
無事に歩き終えられたでしょうか。

これまでに中山道や奥州街道を歩いたそうです。
さすがに歩き慣れた方なので,
お互いマイペースに,自分の見たいところがあれば
「こっち行きます。じゃ!」みたいな感じで別れるのですが,
いかんせん目的地が同じなので,また合流,の繰り返し。

そのまま歩いて陸橋を越え,仁徳天皇陵の横に出ました。

陸橋からの仁徳天皇陵。

陸橋からの仁徳天皇陵


さすが世界最大級の墓です。でかい。ていうか,島です。

天皇陵の横の案内図。

仁徳天皇陵案内板


超シンプルで超わかりやすい

結局この横の道をおじさまとご一緒しました。

おじさまは天皇陵を越えたら右折して阪堺電軌の駅へ,
私は左折してJRの百舌鳥駅へ向かうので,
短い間の道連れでしたが,
思いがけない現代の熊野参拝者との出会いは楽しかったです。

さっぱりした,理知的なおじさまでしたしね^^

おじさまが「やっぱり天皇陵の正面を見ておきたい」と言われるので,
結局正面まで行き,そこで別れました。

この時点で夕方4時頃。

もう少し頑張りたい気持ちもありましたが,
少し体調が良くなく,体が重かったので,
ここは無理をせず一区切りつけることにしました。

古墳周辺の公園で,ベンチに座ってひと休み。

広々として緑がたくさん。
気持ちのよいところです。
ハイキング気分で古道歩きを楽しむなら,
ここでお弁当を広げるのも楽しいと思います。

終始街中をてくてくと,歩きやすいけど思いのほか迷いやすい道でした
書籍の地図だと大雑把すぎてちょっと厳しいので,
大阪府のサイトの「歴史街道ウォーキングマップ」の地図を
持参することをおススメします。
今回のコースは「東住吉駅から鳳駅まで」に含まれます。

 *終わり*

紀伊路:天満橋~住吉大社②(四天王寺~住吉大社)

(2010年5月7日の記録)

四天王寺を南大門から出てさらに南下すると,
やがて人通りも多い街中に出ます。

天王寺駅近辺です。

大阪の中でも,JR,地下鉄,近鉄などの駅が集中する,繁華街の1つ。
しかもこの日は新しくできた大型ショッピングモールの開業後すぐだったので,
それはもう随分な人出で,警察も誘導に立っていました。

そんな中,ラフなTシャツとジーンズでリュック背負ってるのは,
まあ,私くらいのもんでした^^;

阿部野筋商店街のアーケードをしばらく歩くと,
だんだん人通りが落ち着いて来ました。
昔懐かしい古い商店街の中,
ようやく自分が周囲になじんだような気がしました。
阿倍野筋商店街

ちなみに道路の真ん中を走る線路は阪堺電軌(路面電車)の線路。
それだけでも,なぜかレトロな気分になります。
路上にあるのはこんな駅。
北畠駅

松虫駅の少し手前で,脇道に入ります。
住宅街の中の,やや狭い道を通りますが,
ここはれっきとした熊野街道。

しばらく途絶えていた石柱がまたお目見えです。
「熊野かいどう」石柱

ですが,良く見ると先程までとちょっと違う石柱です。
「かいどう」とひらがな表記。距離表記の仕方も違う。
形もごつごつと,年季が入っている感じです。
こちらの方が古くから置かれているような感じですね。

どういう事情で違うものが置かれているのかはわかりませんが…

さて,住宅街の中を引き続き歩くと,
やがて安倍晴明神社が見えてきます。
安部晴明神社

陰陽師・安倍晴明の生誕の地と言われるところです。
こじんまりとしていますが,占いコーナーなんかもあって,
なんだかにぎやかな雰囲気です。
一時期の晴明ブームで人気が出たのでしょうね。

そしてまた石柱が。
神社前の石柱

すぐ先に,大阪府下で唯一現存している王子社・阿倍王子神社が現れます。
阿倍王子神社

ほとんどが石碑のみの「跡」と化している王子社の中,
しっかりと現在も神社として親しまれているのがすごい。

中は予想以上に広く,大きな楠木が何本もあり,
拝殿も立派なもの。

実はこの時点で4時を回っていたので,
ご挨拶しようかどうしようか迷ったのですが…
(風水では4時を過ぎると参拝しない方が良いとされています)

なぜだかとてもきらきらしていて,
気持ちの良い感じがしたのと,
なかなかここまで来ることはないことから,
ご挨拶して行くことにしました。

境内の中でおもいっきり深呼吸。
気持ちの良い空気を感じながら,お参りさせて頂きました。

それにしても。

「安倍」晴明に「阿倍」王子神社。
こんな近所で微妙な違いってなんなんでしょう?
考えてみれば「あべ」さんは,漢字の種類が多くて大変ですね

阿倍・阿倍・安倍・安部… 

それはさておき。

いったん路面電車の走る道へ出て,
もう一度住宅街の方に入りしばらく歩くと,
万代池の横を抜けます。
万代池

きれいな噴水のある大きな池で,
地域の人の憩いの場となっているようです。

聖徳太子(!)が曼荼羅教を上げて池の魔物を鎮めた,
という言い伝えがあるそうですから,
ずいぶんと古くからの歴史のある池ですよね。

桜の季節はきっとすごく綺麗だろうな。

さあ,もう少し頑張れば本日の最終目的地に到着。

地図を頼りに住宅街を歩くと,また石標発見!
再びの石標

どうにか「熊野街道」を外さずに歩いていたようです

住宅地図の看板を見て,道を確認しつつ,
ようやく本日のゴール,住吉大社に到着しました。

住吉大社は風水でのパワースポットでもあるので,
お参りしていきたい気持ちもあったのですが,
時間が遅いので今日はおあずけ。

次回は住吉大社から出発するので,
その時にお参りさせていただくことにして,
この日は南海電車の住吉大社駅から帰途につきました。

結局ほぼ3時間,休憩なしで歩きとおしましたが,
案外疲れませんでした。

見たかったのに見られなかったところもたくさんあって
ちょっと残念でもあったけど,
やっぱり歩いた充実感はすごい!

これからまたぼちぼち,距離を積み重ねて行きたいです。

 *終わり*

紀伊路:天満橋~住吉大社①(天満橋~四天王寺)

■日時/天候:2010年5月7日/晴れ

■アクセス
 京阪電車または大阪市営地下鉄谷町線「天満橋」下車

■同行者:なし

■トイレ:街中を歩くので, 駅の他,コンビニ,ビル,お店など多数あり。

■飲食店・ショップ:選り取り見取り。

■歩行距離/所要時間:約12.7キロ/約3時間(携帯アプリによる実測)

■使用地図:『熊野古道を歩く旅 (エコ旅ニッポン)
        『熊野古道を歩く 全33コース (歩く旅シリーズ)

◆感 想:ひたすら街中を歩くので,少々面白味に欠けますが,
     あちこちに残る歴史の足跡をみる楽しみもあります。
     アスファルト道が続くので,スニーカーがおすすめです。
     夏場は暑さに注意!

  *―*―*―*―*―*―*―*

伊勢路・大辺路を少し歩いて,
さらに熊野古道に興味を深めた私は,
ついに紀伊路を大阪から歩くことを決意しました!

出発は京阪または地下鉄「天満橋」駅。
地下には下りず,2番出口の表示のある出口から出ると,
目の前が「土佐堀通り」という大きな通りです。

この土佐堀通りを渡り,向かいの歩道を右(西方向)に歩くと,
「八軒家船着場の跡」の石碑が置かれている
昆布処「成田屋」さんがあります。

八軒家船着場跡


いよいよ熊野古道歩きがスタートです!

このまま西にまっすぐ行くと,熊野街道の大きな石標が。

熊野街道の石標


ここを左(南)に曲がれば,今では御祓筋と呼ばれる,
昔の熊野街道と比定されている道を歩くことができます。

しかしまず最初は,もう一筋西に向かい,
第一の王子,窪津王子跡と言われる坐摩神社御旅所へ参拝しました。

坐摩神社行宮


都会のど真ん中のビル街にひっそり佇む神社は,
周囲の雑踏とは別世界の,しんと静かな聖域でした。

心を引き締めてお参りし,
これから熊野古道(街道)を歩かせて頂くご挨拶と,
旅の安全をお願いしてきました。

そして御祓筋に戻り,熊野街道を歩き始めました。

御祓筋


こんなふうに,しばらく緩い上り坂が続きます。
ご覧の通りの,ごく普通の都会の道。
これが遠く熊野まで歩く道だったなんて,
知らないで歩いている人もたくさんいるでしょう。

ところどころに置かれているこの石柱が,わずかな名残を残すのみです。

熊野街道石柱①


さて,1キロほどで第二の王子・坂口王子跡のある南大江公園へ到着。

住宅街の中ですが結構大きな公園で,
子供たちや家族連れが思い思いに遊んでいます。

その公園の片隅,緑に囲まれた一角に朱い鳥居が。

坂口王子跡


そばには「朝日神明社跡(坂口王子伝承地)」と書かれた説明板があります。
かなり新しい感じがしたので,
最近こういった史跡が見直されてきているのかもしれません。

朝日明神社跡の説明板


都心部の公園にひっそりと残された神社跡。
おそらくこの地域の開発の中,
いつ姿を消してもおかしくなかったのだろうな…
と思うと,土地に根差した信仰の力ってすごいのだと思います。

こちらでも手を合わせてご挨拶させて頂きました。

さて,御祓い筋に戻り,さらに南に歩きます。

すると,見えてくるのが路上にそびえる大きな木と,
その前の小さな赤いお社。

榎大明神


街中に大事に残された小さな聖域,といった雰囲気があります。

こちらは地元の方に「榎木大明神」として親しまれている大木で,
樹齢650年と言われています。
「榎(えのき)」といいつつ,実は「槐(えんじゅ)」なのだそうです。

説明板によると,この辺りは熊野参りとお伊勢参りの街道筋で,
目印として親しまれており,地元の方が祠を建て,
大事にお守りしてきた木だということ。

私も旅の安全をお願いしてきました。

ちなみにこの近くには,車道のど真ん中,
中央分離帯に大きな木と白い鳥居が立つ「楠木大明神」もあります。

榎木大明神の手前で東に折れて,少し歩くと,
「熊野街道」の石柱が見えるので,そこで右折し,再び南下。

熊野街道石柱②


ここからしばらくは「熊野街道」の石碑をたくさん見ることができます。
それぞれ,八軒家浜からの距離が示されているので,
オリエンテーリングみたいで歩いていて楽しい

熊野街道石柱③


この辺りには第三王子の郡戸王子を合祀している
高津神社があるはずなのですが,
ちょっと地図がわかりにくく,
うろうろしているうちに結構時間がたってしまったので
残念ながらパス。

同じく第四王子の上野王子も,
ルートを少し外れているのでパスしました。
この二つは後日まとめてリベンジしたいと思います。

さらに歩いて,四天王寺前夕陽丘の駅を過ぎ,
四天王寺に入ります。

四天王寺は,かの聖徳太子が建立したとされる,
なんと593年創建と伝えられる歴史あるお寺です。
お寺ということもあり,熊野信仰とのご縁が薄いようにも思われますが,
こちらの南大門前には「熊野権現禮拝石」が置かれているのです。

熊野権現禮拝石


横の説明書きによると,
「往古より熊野詣にはまずこの場所にて熊野権現を礼拝し
道中の安全を祈り熊野古道を南に向いました」
とのこと。

目の前の赤い門は南大門。
この門の先は南方向で,熊野に向かっているそうです。
(どれくらいの精度かはわかりませんが…)
ここでも,熊野に向かって手を合わせてきました。

いつかこの道を歩いてそこに到着できるよう,願いを込めて。

四天王寺自体も広くて見どころの多いお寺ですが,
あまり時間もなかったので,
金堂でご挨拶をして,四天王寺を後にしました。

(②に続く)

大辺路:長井坂(周参見~見老津)

■日時/天候:2011年3月日/晴れ

■アクセス(大阪~周参見)
 JR大阪駅~周参見駅
 ※この時は18きっぷ利用だったため,所要時間約4時間半

■同行者:友人(♀)

■トイレ: 周参見駅・見老津駅と,ほぼ中間地点の和深集落の和深川王子神社隣に有。
 トイレはこの3箇所のみです。

■飲食店・ショップ:
 この間,スーパー・コンビニなど見当たらず。自販機さえ少ない。
 食物は歩き出す前に調達必須。飲料も極力駅前で調達を。
 
■歩行距離/所要時間:約10キロ/約4時間(街道マップより)

■使用地図:『熊野古道を歩く旅 (エコ旅ニッポン)
      「熊野古道|紀伊山地の霊場と参詣道」の街道マップ

◆感 想:大辺路髄一の景観だと思われます。
     周参見から長井坂までかなり距離がありますので,
     体力配分を考えて。馬転坂を歩きたければ特に。
     山道が長いのでトレッキングシューズが安心。

  *―*―*―*―*―*―*―*

早朝7時前に大阪駅で友人と待ち合わせ。
7時過ぎに大阪駅を出発し,周参見駅には11:32到着でした。

さて,ちょうどころあいはお昼前。
駅前の食堂でお寿司を売っているお店があるので,
そちらでお昼ご飯を調達します。

向かったのはガイド本などでチェックしていたすさみ食堂さん

こちらで名物の「さんま寿司」と「めはり寿司」を購入

…するつもりでした。

…が。

実際に入店してみて見たことのないメニューを発見!

それは,「イノブタの巻き寿司

イノブタ(猪と豚のハーフ)が周参見の名物だとは知っていましたが,
まさか巻き寿司のネタになっているとは!!
(ちなみにイノブタラーメンとかもありました!)

衝撃を受けた我々は,こちらも購入することを決意。

結局,さんま寿司1本。めはり寿司2個。イノブタ巻き寿司1本
をお買い上げ(お味については後程)。

駅前にも,スーパーやコンビニはありません。
 たしか駅の売店もなかったと思います。
 「すさみ食堂」さんのように,お寿司などを買える食堂はありますが,
 お昼を調達する予定なら,必ず事前に営業確認をしておきましょう。
 うっかり休業していたりすると,お菓子類すら手に入らない可能性も…
 現地調達する場合,念のため非常食持参が安心です。


地元の名産品を仕入れて,お店を出たのが12時頃。

この日は3月の終わりごろだというのに妙に寒くて。
でも空は気持ちよく晴れていました。
なかなか歩くのにはちょうど良さそうなお天気。

最初はしばらく海沿いの42号線の歩道を気持ちよく歩き,
コンクリ工場のようなところから「馬転坂」に入っていきました。
馬転坂入り口

しかしこの入り口,かなりわかりにくい

表示はいっぱい出ているので,素直にそれに従えば分かるのですが,
「え,ここ?」というような工場の敷地にずかずかと入っていくので,
ほんとにここ通るの?と迷うんです。

JR西日本の「聖なる森 熊野古道を歩く」のマップには
拡大説明図があるので,わかりやすいと思います。
(私はこの時点では未入手だったので,使用していません)

何はともあれ。

馬が転ぶどころか,そもそも入れるか?馬…
と突っ込みたくなるような細い(しかも結構急な)坂道を
えっちらおっちら登っていきます。

小さい峠だと思っていたのに,予想以上にきついな~と思っていたら。

突然視界が開けました。
馬転坂の展望

海と,空と,そして,観音様が佇んでおられます。
ベンチも並んで,ちょっとした休憩所です。

どうも,造成途中で放り出したような雰囲気…

見事な見晴らしなので,もしかしたら
ホテルとかのレジャー施設が建設予定で,中止されたのかも?

とにかく,予想外の風景で感激でした。

そこから道は下りになり,細くて急な坂を下って再び42号線へ。
馬転坂越え,終了です。

42号線に出てすぐに見つけたのがこちらの標示板。
長井坂への案内表示

ここから42号線を離れ,山の方に向かい,
和深川の集落に入っていきます。

道は普通の舗装道なのであまり面白味はないですが,
線路沿いを歩くところがあったり,
木々の緑が深くて森林浴気分を味わえたりします。

しばらく歩くと集落が開けてきました。
和深川の集落

集落の入り口には,廃校になった小学校らしい建物が。
校庭には桜の木が咲いていました。

しばらくのんびり集落を歩いて,和深川王子神社に到着。

予想以上に小さな境内でしたが,
すごく存在感のある,ご神気漂う神社様でした。
古い木や,古い石灯籠。かなり歴史のある神社のようです。

さてここでようやく昼食タイム。
境内はさすがにお弁当を広げるようなところはなかったのですが,
神社わきに二人くらいは座れそうなスペースがあったので,
その場所をお借りしてランチにしました。
お弁当

右上:さんま寿司。右上:めはり寿司。下:イノブタ巻き寿司。

イノブタ巻き寿司は,豚バラみたいなスライスのお肉が
巻き込んであります。サラダ巻き風です。

アップ,見ます?
イノブタの巻寿司

豚よりあっさりしてる感じ。脂とか気にならない。
なかなか美味でした。

でも抜群に美味しかったのがさんま寿司
柚子が効いてて酸味がさっぱりして,美味し~い
もう一度周参見に戻れるならお土産にしたかったです。

さて,腹ごしらえを済ませ,お片付けをして,
お手洗いをお借りし,神社にもご挨拶させて頂いて出発です。

ここには水洗・和式のトイレが設置されています。
 男女兼用ですが,綺麗に整えて下さっていました。
 ここを過ぎると見老津駅までトイレはありません。


神社を過ぎてもう少し歩くと,いよいよ長井坂です。

案内板はわかりやすくしっかり出ているので,
迷う心配はありません。

JRのトンネルの手前で河原に降りて,対岸に渡り,
急斜面を登ります。

この斜面が予想以上に急

地名が「長井峠」なら急坂も覚悟しますが,
「長井坂」だと「長~い坂かあ」と思って油断するじゃないですか

はっきり言って峠です。軽い山登りです

しかしこの山の斜面を一気に登りきると,
歩きやすい尾根道に出ます。
長井坂を歩く

木々に覆われた道ですが,木々の隙間からは…
長井坂よりの眺望

枯木灘を望む見事な眺望。

絶景です。

木々が生い茂っているせいで,ずっとは眺められないけど,
ところどころビューポイントがあって,
景色を楽しみながらのウォーキングに疲れも吹っ飛びます。

しばらく歩くと道の感じが変わります。
版築(段築)

こんな風に,龍の背骨のような盛り上がった道になるのです。

これは「版築(段築)」といって,
左右両側の傾斜のきつい尾根道を歩きやすいように,
土を土手のように盛ったものだそう。

先人の知恵により,旅人のために生み出された道です。

しっかり踏み固められているというのもあるんでしょうが,
とても歩きやすい。

尾根道の間に2箇所,版築が残っています。
両側のやや低めの木がちょうどトンネルみたいで,
子供の頃の探検気分が味わえます^^

ところどころ,木々の間から垣間見える景色。
古道より

東の方には,もしかしたら潮岬?と思うような
大きな岬がせり出していて。

とにかく,「歩かなきゃ見られない絶景」に感動しました。
わざわざここまで来たからこそ見られるという特権。
自分たちだけの風景!という感覚。

本当に楽しく歩きました。

尾根道を約3キロほどあるいて,やがて道は下り坂へ。
下り道

下り道でも,しばらくは眺望が楽しめます。
だんだん,見老津側の街が近づいてきます。
nagaizaka-mirudunomati.jpg

道は一時的に県道と交わり,ほんの数十mで分岐して山道に入ります。
ちなみに県道には茶屋の壇の石標が。
古い,文字の一部までが土に埋もれた石標が時間を感じさせます。
やはりここも,もともと古道の一部なんですよね。

ここからは一気に下り。

結構急な道で,落ち葉も積もっているので滑りやすくてちょっと怖い。

長井坂も間もなく終わりなので,注意しながら歩きます。

本当に下りはあっという間でした。

長井坂東登り口を出て舗装道の車道に降りると,
さっきまでの稜線の道とあまりにも世界が違っていて,
ものすごい違和感が…

「えーっと。…わたしら今山道歩いてたよねえ?」みたいな^^;

ま,とりあえず予定通りの行程を,予定通りの時間にこなして
無事に見老津の駅に到着することができました。
終点・見老津駅

見老津駅は無人駅。

42号線に面し,その42号線は海に面しているので
駅周辺には見事にな~んもありません^^;
(自販機と,あとトイレはあります)

無事,予定の電車に乗り込み,
紀伊田辺駅で一度途中下車してお土産を買いこみました。
(しつこいようですが見老津駅周辺にはなにもありません

帰りの電車もスムーズな乗継で,すべて座れたので
距離の割に楽な行程でした(寝ましたが)。

とにかく長い稜線の道が気持ちよくて。

綺麗な緑の中,絶景を眺めながらのウォーキング。
体を動かして,心も空っぽにして,
本当にとてもとても,気持ちの良い道でした。

伊勢路:始神峠②(始神峠~JR船津駅)

(2009年3月27日の記録)

始神峠のベンチで,30分ほど休憩をとりました。

気持ち良かったけど,長く座っていると体が冷えてきたので,
ぼちぼち出発しました。

馬瀬へ向かう下りの道は傾斜がゆるやかで,
道も広く,歩きやすかったです。
馬瀬側へ降りる道


木立の中から明るい日差しが入ってきます。
下りは終始こんな感じで歩きやすく,
登りの江戸道の勾配を覚悟した入た私は拍子抜けしたほど

1キロほど下ったところで,池が見えてきました。
宮谷池


宮谷池です。
周囲の山を水面に映して,緑の鏡のようです。
周囲1キロほどだそうで,大きくはないけれど,
不思議と存在感のある池でした。

ここまで下りてくると,道はかなり平坦に。
少し歩くと視界が開けて,山里に出ました。
山里


その少し先には,峠道の終わりを告げる看板が。
峠の案内板


そしてその先に,出現したのがこの建物。
トイレ 
この立派な建物,トイレです。

男女別で水洗・洋式,ペーパーも備え付け。
 外にはベンチもあり,一休みもできます。

中は広くてきれいで,予想外の立派なトイレでびっくりしました。
きっと地元の方々が丁寧に手入れして下さっているんですね。
すごくありがたいと感じました。

女性にとって清潔で落ち着いて使えるトイレがあるかどうかは,
旅の印象を大きく左右するくらい大切ですよね。
こういうトイレの存在は本当にありがたいです。
お手入れして下さっている地元の方々に,心から感謝致します。

建物の横の木はしだれ桜。
咲いたら綺麗だろうな~

さて,ここから先は「古道」という雰囲気はなく,
普通の田舎道を歩く感じです。

舗装道ですし,車も通ります。

道はところどころ国道42号線と離合します。
42号線は結構交通量が多いので,
今までとは違う注意が必要です。

目印の第一病院が見えてきて,
ようやく船津の駅が近づいてきました。

午後4時前にJR船津駅に到着。
船津駅


お天気にも恵まれ,本当に気持ち良く歩けました。
始神峠からの眺望も,
登りの江戸道と下りの道の表情が全然違うことも,
あちこちに地元の方の気遣いや,土地への愛情が感じられることも,
本当に素敵でした。

始めて歩いた古道がここでなければ,
もしかしたら古道への印象はまた違ったものに
なっていたのかもしれません。
 
道がわかりやすく,案内も親切で,
道は結構変化に富んでいて面白味もあり,
登った充実感も味わえる,古道ビギナーさんにもお勧めのルートです。

 *終わり*



伊勢路:始神峠①(JR三野瀬駅~始神峠)

【JR三野瀬駅~始神峠】

■日時/天候:2009年3月27日/快晴

■アクセス(京都~三野瀬)
 近鉄:京都~松阪(特急利用)
  松阪駅にてJR紀勢線に乗り換え。
 JR:松阪~三野瀬(普通)
 ※所要時間:約4時間半

■同行者:夫

■トイレ:始神さくら広場にあり。
 始神峠を越え,馬瀬集落側にもあります。
 どちらも水洗です。
 JR三野瀬駅・船津駅にもありますが,男女共用・汲取式です。

■飲食店・ショップ
 三野瀬駅前に喫茶店があったと記憶していますが,
 営業状況は未確認です。
 コンビニやスーパーは見当たらなかったので,
 飲食物は持参するのか確実!

■歩行距離/:約8.4キロ/約4時間(距離は書籍・地図より推定)

■利用地図:『熊野古道を歩く旅 (エコ旅ニッポン)』『るるぶ伊勢志摩 '09』

◆感 想:比較的短い距離の中でアップダウンも多く,眺望も楽しめる。
     初心者にもおすすめのコース。
     山道を歩くのでトレッキングシューズでも良いが,
     舗装道を歩く距離も長いのでそれを考慮の上で靴を選びましょう。
     
  *―*―*―*―*―*―*―*

これが私にとっての初めての熊野古道歩きです。

きっかけは,この前年,2009年の夏に三野瀬を訪れたこと。

風水の開運旅行として,大吉方位の東南を訪れる目的地として,
三野瀬に当時あった三浦温泉の温泉ホテル(2009年8月で閉鎖)を選んだのでした。

情報を調べた『るるぶ伊勢志摩 ’09』に掲載されていた,
熊野古道に興味をひかれて,
できればちょっとでも歩いてみたいな~と思っていました。

この時には悪天候に見舞われ,古道を覗くこともできませんでしたが,
その時から私にとって「熊野古道」は,何か気になる,行ってみたい場所となったのです。
(その時の風水ブログの記事はこちら

 *-・-・-・-・-・-・-*

さて,この日は12時前に三野瀬に到着。

通常は無人駅なのですが,この日はちょうど「始神峠さくら祭り」の日で,
JRの駅員さんがいて,パンフレットなどを配っていました。
CIMG0403 (640x480)

ミニガイド本,コース地図,木製ストラップなどがセットになっていました。
ストラップは今でもお守り代わりにリュックに着けています。

この年は春がやや遅く,この前日までは低気温や雨が続いたので
桜も全国的に遅い感じだったのですが,
この日はようやく気温も上がり,一気に桜が開いたようでした。
国道沿いの桜の木
三野瀬の桜


三野瀬駅から始神峠入り口までは15分ほど歩きます。

まず,線路を越え,住宅街を抜けて海沿いへ。
海沿いの国道42号線へ出たら道を右に折れて,
海を左手に見ながら歩きます。
三野瀬の海岸


しばらく歩くと始神峠案内表示があるとのこと。
(私は気づかなかったので未確認です)

右手:山側に行けば明治道へ。
左手:海側に行けば江戸道へ。

どちらを通っても始神峠に着きますが,
世界遺産になっているのは江戸道の方です。

私は江戸道を通ったので,以下は江戸道のお話になります。

左に行くと,すぐに始神さくら広場があります。
さくら祭りのこの日は屋台がたくさん出て,賑わっていました。
少しだけお祭り気分を楽しんで,広場のトイレをお借りしました。

建物もしっかりしていて,きれいなトイレです。
  個室の数は少ないです(確か2つ?)
  古道に入ると,麓に降りるまでトイレはないので,
  ここで済まして行きましょう。

入り口の案内板
広場前の案内板


広場駐車場前には簡素な案内板もあります。

放水路のすぐ横に,熊野古道の入り口があります。

お祭りが開かれるだけあって,広場周辺には桜がいっぱい。
放水路沿いには長い桜並木がありました。
放水路沿いの桜


そして現れたのがこちらの案内板と石柱。
始神峠の始まり


いよいよ,本格的な古道の始まりです。

なお,古道入り口付近には,木の杖が置かれています。
トレッキングポールなどの用意のない人は,
お借りしていく方が歩きやすいです。
古道,スタート!


高い木々に包まれた細い道。
でも,しっかり踏み固められた道で,迷うことはありません。

この道は案内表示もとても細かく,親切で,
安心して歩くことができます。
お天気さえよければ,ハイキング気分で気持ち良く歩けます。
江戸道の勾配は少々急ですが…

ところどころ,沢というか,小さな水の流れがありました。
木の橋が渡してあるので,渡るのに支障はありませんが,
若干地面に水が出ているところもあったので,
防水のしっかりした靴で行くのが無難です。

最初は緩やかな道で森林散歩の気分でしたが…
峠の登り

やがて勾配がきつくなり,急な登りがしばらく続きます。
標高147mと,決して高くはない始神峠ですが,
実際にあるくと結構急坂です。

道自体は,写真の通り山道にしては広めで,
木の根でできた段差もしっかりしているので,
歩きやすいです。

この道のりが,山頂まで約700mほどあるようです。

ようやく山頂に近づくと…
茶屋跡

茶屋の跡を示す標示がありました。
跡と言っても,建物の遺構は全く残っておらず,
わずかに石積みの跡が残っているだけです。

スペースも狭く,ここにどうやって茶屋が設置されていたのか,
想像するのも難しいです。

山頂まではあとわずか。

少し歩くと…
峠からの展望

先程歩いて来たさくら広場,そして熊野灘が見事に見下ろせます。
標高150m足らずとはいえ,見事な絶景です。

そばにはテーブルとベンチが設置され,
絶好の休憩所になっています。

そちらをお借りして,ここで持参したお弁当をいただきました。
風が少々強かったですが,お天気が良かったこともあり,
気持ち良く過ごせました。

(②へ続く)

初めまして

伊勢路・松本峠


初めまして。

日常は徹底したインドア派なのになぜか最近アウトドアにハマりつつある,
京都在住のアラフォーです。

ふとしたきっかけから熊野古道にはまり,
歩ける道の全道踏破目指して歩行中。


熊野古道は,「これぞ熊野古道!」的に有名な中辺路や伊勢路の峠道もあれば,
思わず「これはただの畦道では…?」とつぶやきたくなる道,
「車道だよ,あぶねーよ 」とぼやきたくなる道,
いろいろです。

実際に歩いてみてわかったこと,気づいたこと,見えたこと,
迷いやすいポイントの案内などを兼ねて,
綴ってみたいと思います。

また,女性目線から見た,女性が歩く上で注意したいポイントなど,
併せて書いていけたらいいなと思っています。

2012年始現在で,大阪の天満橋から和歌山の紀伊宮原まで到達。
他にも伊勢路・大辺路をちょこちょこ歩いてます。

あくまでも個人の記憶による旅行記録なので,
詳細な情報などは変わることも多いですし,
申し訳ございませんが間違っていることもあると思います。

ご参考になさる際には,あくまで自己責任でお願い致しますm(_ _)m

それでは,ゆるゆるとマイペースな更新になりますが,
よろしければお付き合い下さいませ。
プロフィール

咲月

Author:咲月
京都在住アラフォー女性。
2009年より熊野古道に興味を持ち,ただいまコツコツ距離を伸ばしているところ。
旅が好き。歩くのも好き。
風水メインのブログもやってます(リンクは下に)

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